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三和町(みつわちょう)とは、今から65年ほど前に新しく誕生した町の名前です。戸田と蕨と塚越の三つの地域にまたがることから、住民によって名づけられました。
三和町という町は今はもうありませんが、埼玉県蕨市南町2丁目と3丁目の一部に、その特徴ある姿をとどめています。
三和町は1941年に発足した住宅営団(日本で初めての全国的な公的住宅供給組織)が最初に計画・建設したモデル的な住宅地で、当時最先端の理念と技術が集約されていました。
880戸ほどの営団最大級の住宅地は、緑地や児童公園を中心とした11の小住区で構成され、託児所、浴場、診療所、市場も計画されています。道路は4段階の幅できめ細かく配置され、自動車の通り抜けに考慮した卍型の道路も特徴です。
小住区には一戸建50〜60戸もしくは二戸建て100戸の、それぞれ規模別に、い型、ろ型、は型、に型と名づけられた20種類の住宅が配置されています。
ほぼ計画図どおりに建設された住宅地は、今も、その構成を維持し、時の経過とともに、緑豊かな住宅地となっています。

三和町の住宅は、その半数近くが陸軍関係、あとの多くも民間軍需工場の職員住宅でした。
1945年、第2次世界大戦が終わると、住宅営団はGHQによって閉鎖され、1952年までには多くの住宅が個人に、その他は社宅として払い下げられました。
1947年には畑になっていた広場を子どもたちのための小公園とし、1955年には公民館を設立、1956年には250本の桜を植えるなど、住民による活発なまちづくり活動が現在のまちをつくっています。


| 年 |
(三和町での主な出来事) |
| 1941(昭和16) |
住宅営団設立 |
住宅営団用地買収 住宅建設着工 |
| 1942(昭和17) |
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入居開始 |
| 1945(昭和20) |
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焼夷弾により住宅焼失(88戸) |
| 1946(昭和21) |
住宅営団解散 |
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| 1947(昭和22) |
蕨中学校開校 |
三和町青年団結団式
広場の畑を子どもに開放 |
| 1950(昭和25) |
南小学校開校 |
三和町の児童は南小へ(校舎落成当日、祝賀提灯行列や演芸会) |
| 1952(昭和27) |
|
居住者に土地家屋払い下げ完了 |
| 1953(昭和28) |
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三和町自治会、商和会発足 |
| 1955(昭和30) |
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三和町公民館設立 中央広場に街頭テレビ設置 |
| 1956(昭和31) |
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桜並木植樹 |
| 1958(昭和33) |
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上水道給水開始 |
| 1959(昭和34) |
蕨市誕生 |
蕨市立南公民館開館 |
| 1963(昭和38) |
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都市ガス使用開始 |
| 1964(昭和39) |
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中央広場完成 記念運動会「サンリンピック」 |
| 1966(昭和41) |
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新住居表示に伴い、三和町は南町2、3丁目の一部に(町名消失) |
| 1974(昭和49)) |
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コミュニティセンター・南公民館新築 |
| 1981(昭和56) |
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三和町会が南町2丁目町会・3丁目町会に分離 |
| 1982(昭和57) |
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「家中みんなの三和町の歴史」発刊 |

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